ここまでの顛末はコチラ
魚小骨騒動記(上)
西日暮里のドラえもんママと意味のわからないゴックンプレイをひとしきりやった後、すぐに検索して近くの咽喉科に向かいました。
幸いながら空いていた病院の受付で問診票に「魚の骨が喉にささった」と書かなければいけない滑稽さというのはなかなか貴重な体験であります。しかしまあそれが滑稽どころか立派に医者マターであるということはこのすぐ後に思い知ることになるのですが。
さほど待たずに診察室に呼ばれた私を、60代くらいのベテラン女性先生が待っていました。
魚の骨がささったと告げるとじゃあ見せてごらんとすぐに喉を診察を始めます。右手にライト、そして左手は金属製のヘラのようなもので容赦なく舌の奥を抑える。「ウェーーッ」とおもわずえづく私。この日この時、まず1ウェ。そしてすぐに「扁桃腺が大きくて、よく見えないわね」と鼻から細い管状カメラを入れられて位置を確認。
「ずいぶん奥にあるわねえ、君、これはなかなか厄介よ」と告げられ思うこと、「まさかこんなことになるとは」。病気も事故も怪我も、恙なく過ごしている生活にいきなりやってくるもんなのですね。このえもいわれぬ不安感というか、まーなんとかなるだろうという楽観気分とまじやべぇという不安がせめぎ合う微妙にくすぐったい感じ。
「これは君にも協力してもらわないといけないわね」
と言われてだされたのはガーゼと痰を受けるための金属皿。このガーゼを使って自分で自分の舌を引っ張り出せ、ということらしい。ではこの痰皿は・・・いや、深く考えるのはやめよう。言われた通りに自分の舌を引っ張り口を大きく開ける。すぐに先生が覗き込む。道具を渡されてからのスピード感すごい・・・慣れてるのかなんなのか、とにかく余計なことを考える暇がないぜ・・・と考えたその矢先、容赦なくまた舌の奥をヘラで抑えられ「ウェーーッ」。2ウェ目。そのスキに先生は右手のピンセットを喉の奥に入れる!「あっ だめだわ・・・」マジですか・・・私、すでに涙目。
このトライを何回か繰り返すんです。それしか方法がない。
トライするたびにえづく私。2ウェどころか10ウェくらいになってもなかなかピンセットの先は骨を捉えられず。もはや涙目で肩で息をする私。はじめ看護婦さんが体をよじらないように2人ほど抑えていてくれたのですが、あまりにあまりな私をみて体をさすってくれたりです。うぉぉぉ辛い、辛すぎる。
3回ほどトライしたあと先生が「ダメだわ、これは・・・大学病院紹介するから、そっちでとてもらった方が良いかも」とカルテを取り始めた。
大学病院?!!まさか切開手術ってことですか??いやいやいやいや、それは嫌だ。もう夕方だし、そもそもこの後仕事だし、病院に行く明日までこんな状態なんぞ耐えられん。何としてでも今日中に、今日中に・・・!!!!
切羽詰まった私は、えづきすぎて涙がたまった目をキリリと開き、挑むような目でこう言っていたのでした。
「もう一回、トライしてもらえませんか」
すると先生。
「これがラストよ、頑張れるわね!」
「ハイ!!!」
この時、私の脳内にはキレイな夕陽が映っていたのでした。
ラストチャンスに向かって最後の力を振り絞る私と心を鬼にしたセンセイ。
そしてそれを暖かい眼差しで見守る看護婦さんたち。
ああ、青春だ。ここには青春の一ページがある。
先生もなかなかに役者ですよね。
ガーゼを新しいものに替え、看護婦さんも気合をいれなおして私の体を抑える。私は渾身の力で自分の舌を固定する。先生はピンセットを構え直す。間髪いれずまたヘラが口の中に入る。「ウェーーーッ」しかしピンセットは空を斬った様子。失敗か・・と思いきや、先生、何かをつかんだ様子で「あ、えづいてる時に喉が開くわね・・・」と独り言。え?どゆことすか?と思った矢先に今までの最大限の容赦ナシ具合でヘラが舌の奥に入り、今までで最大の「ウェ」が来た。ああ、やべえ、これはナニが、吐瀉物が、出てしまうかもしれん・・と思った時
「取れた!!!!!」
ベテラン先生が大きな声をあげ、そのピンセットの先には!!
唾液と血が混じった、長さ2cm、太さ1mmくらいの立派なシャケの骨・・・こんなでかいものが刺さってたのか・・痛いワケだ・・。
看護婦さん、拍手喝采!!!
診察室はちょっとした感動に包まれました。やったよおれ、ラストチャンスをモノにしたよ。
その後先生は他に骨がないかどうかと刺さっていた扁桃腺の出血の確認をして「まあ大丈夫だと思うけど、なんかあったらまた来て」と。
こんなでかいモノを飲み込んでしまうのですねえ、と感慨ふかげに私が呟くと
「そうよ、なんでも飲み込んじゃうんだから。飲み込んだらねすぐにそのままの状態で来てちょうだい。ご飯とか飲み込む人いるけど、奥に押し込まれるだけだから絶対やらないで。」
「・・・はい」
まさかつい先ほどまで西日暮里のドラえもんママと意味不明のゴックンプレイをしていたなどとは口が裂けても言えず、いそいそと診察室を後にしたのでした。お会計の際、領収証には「異物除去」と書かれていました。そして保険の点数も。さっきの先生の口ぶりといい、滑稽どころか立派な診療行為なんですね。
その後、でかい異物が刺さっていたわけですから扁桃腺は2日ほど腫れていましたが、三日目くらいにはすっかり元どおり。無事取れて本当によかった。
それから一ヶ月ほど、未だに怖くて焼き魚は食べていません。なかなかにトラウマになりますよ。
病院の先生、看護婦のみなさま、お騒がせいたしました。
これが、取れた魚の骨。先が鈎状に曲がっておる。
こんなものが刺さっていたとは、恐ろしい・・・。
完