8月15日目
今日も暑うございました。
世間はお盆。今年はそんなことも全く関係なく仕事しごとの毎日であります。
お盆になると、東京は人がめっきり少なくなりますな。
東京に集中している人が地方に散らばって、いまの時期こそ日本の人口分布が平均を取り戻す時期だろうと。いつもいつもこれくらいだったらけっこう快適なのになあと毎年思っております。道も空いてて快適。いつもは車で埋まってまったく路面の見えない道も、この数日間はちゃんと平面が見えます。そして東京の愛すべき高低差・地形がよく見えて楽しいです。
東京を楽しむならお盆。間違いない。
今日は終戦記念日でした。
例年にもまして、今年は話題にのぼることも多いのではないかと思います。メディアでも戦争関連のニュースが多いですね。
ここ一連の集団的自衛権からみで気になる事は、集団的自衛権に賛成である陣営が意見の論拠としてある程度ロジカルであったり歴史であったり現実的な状況分析に基づいているのに対して、反対意見の陣営が、戦争の悲惨さなどを全面に押し出し、感情に訴える方法を取っている事が多い事。
人間は感情を動機として動く事が多い生き物であるし、意見を左右するには非常に効果的な方法であるとは思いますが、感情的に多分であり現実的な分析・論拠に欠く論調というのは、戦前、政府主導で世論を主戦論に誘導したプロパガンダの手法とほとんど変わらないのですね。つまり、話の持っていきかたによっては、いつでも主戦論に傾く危険性をはらんでいるということです。
そんなことはない、と思うかも知れないけれど、人の感情ほど移ろいやすく頼るのに信用できないものはありません。しかもそれが集団心理ともなればいかようにも変わる。同じような危険性を、反原発やその周辺の論調にも感じます。
僕自身は反戦であり、集団的自衛権にも反対ですが、それだけに思うのは、反戦・集団的自衛権反対を述べるならば、やはり日本を知り、日本がなぜ、どのような経緯でもって戦争をし、どうして敗戦に至ったのか、きちんと知るべきだと思うのですね。残念ながら、日本の平和教育の中には、はだしのゲン的な情操教育はあっても、近現代の歴史教育はほとんど含まれてないです。近隣諸国との外交摩擦や戦争責任の問題なんかでハッキリとした近代歴史観を打ち出せてないというのが原因なんでしょうけど、それにしても、学校で近現代史なんか、ほんとサラリとやる程度だものね。そこが、僕は一番の問題な気がします。教育の問題。歴史観の問題。
事実を十分に知らないまま、感情を煽るような情報を見せられたら、冷静に判断できることもできないですね。
何も知識がなければ、好き嫌いで判断するしかないですね。もっと事実に基づいて、判断できるように、知るべきことを知るべきです。
かくいう僕も、まだまだ勉強中ですが。
音楽も勉強せねばならんのに、まだまだ勉強するべきことがたくさんありすぎるなあ・・。
そんな事を思う、終戦記念日。
昭和天皇がポツダム宣言受諾の判断を下し、閣議で承認されたのが8月10日。
連合国への通達と諸条件の整理を経て御前会議で受諾が決定されたのが8月14日。
8月15日は玉音放送にてポツダム宣言受諾の意向を表明した日。
実際の停戦命令は8月16日。
ポツダム宣言調印は9月2日。
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