向かう先は恵比寿。
入りは12時。
・・・現在時間12時半。
なんでこういう事になったのかよくわからないが、
でも遅刻をするときというのは得てしてこんなもんだ。
理由なんか特にない。ただちょっとモタモタして家を出るのが遅れて、
いつもよりちょっと道が混雑していただけ。
そしておまけにちょっと道に不案内な街。
それにしても30分過ぎてまだ着いてないというのはマズい。
10分程度の遅刻だったら笑顔で「いやあ遅くなりました」で済むかも知れないけれど、
30分以上の遅れはシャレにならない。
だってリハするって言ってたし、音だし12時って言われてたから。
もうすぐ携帯に様子を伺うメールか電話がかかってくるはずだ。
ガーデンプレイスが目の前に見えて来た。
目的地はガーデンプレイスをぐるっと回って恵比寿の駅のほうにちょっと行ったあたり。
この辺りは前にも走った事がある。
三田橋からガーデンプレイスに向かって左にカーブしながら下る道。
街路樹が両脇に青々としている未だ新しい道でとても綺麗で走り易い。
僕は車をおいて自転車を走らせた。
自転車は下り坂を快調に走り始め、僕は自転車の3段のギアを一番重いの
にして、とにかく力一杯漕ぐ。なんせはやく現場に着かねば。
道には黒い学生服姿の高校生とおぼしき男の子たちが広がっていて、
僕はそいつらを抜群のフットワークでよけながらフルスピードで進む。
背後で野郎どもの驚嘆の声が上がる。
当たり前だ。お前らとは鍛え方が違う。
なぜか僕のペースに並走してついてくる一群がいる。男子高校生二人連れ。
僕が自転車で彼らは徒歩だけど、僕がブレーキするたび、
まるで車の信号待ちで追いついてくる自転車通勤の人みたいに僕の横に着く。
彼らも僕に興味を持ったのか、ちょっと横目で見ながら僕に話しかけて来た。
「何か欠点はないんですか?」
欠点??そんなに僕が素敵な人間に見えるかね?
人はみんなそれぞれの立場で大変なんだ。
楽しそうに見えても完璧に見えてもみんな悩みや欠点は抱えてるもんだ。
でも、僕にそれを答える余裕はない。なぜなら遅刻しているから。
普段の僕なら知らない人から話しかけられるのなんて全然オッケーだが、
今日はそんな余裕はない。悪いけど無視させてもらうよ。
僕はカーブを下り終え、歩道と車道の境目にある車両止めの間に自転車を滑り込ませて歩道を走った。
下り坂が終わると今度は上り坂だ!ギアを一度軽いのに入れてみて動作を確認する。
重いので加速して坂を駆け上がってペダルがきつくなったら軽いのに変えて一気に坂を上るんだ。
モタモタしてる暇はない。
気がついたらあたりは暗くなっていた。
歩行者用の階段の横にある自転車用の坂に車体を持って行ったところで、声をかけられた。
「ヘイ、ユージ! ほら、僕が前言っただろう?素晴らしい夜景だよ!」
黒人の友人のボブだ。なんでこんなところで会うのかわからないが、
言われた通りあたりを見渡すと、ビル群の明かりが中心の夜景はとても綺麗だ。
黒をバックに光が金色に輝いて見える。
「美浜橋もいいけど、こっちも最高だろう?」
とボブが後ろで話している。
そうだね!!こっちも捨てたもんじゃないね!と振り返り様話しながら先へ進む。
こっちは急いでるんだ。
と、坂を上りきると、今度はなんと崖だ。道がない。
都心にありがちな街路樹が植えられて固められた道のわきの崖。
たいした傾斜ではないから人がショートカットに使ったとおぼしきけもの道のような、雑草も生えてない筋がある。
そこに脚立を広げて横たえて簡単な階段にして上ってくる作業服で白髪のオッサンがいた。
「いやあ、あんまり綺麗だから一曲弾いちゃったよね」
一曲?ピアノで?階段を上りながら?
正気か、オッサン。
でも声に出してツッコんでいる暇はない。この階段をどうにかクリアしなければならない。僕は自転車を右肩に背負う形にして、身体の左側を崖に沿わせるようにして階段、もとい脚立による簡易階段を下りる事にした。なに、自転車はそんなに重くない。
降りてる最中、階段の上で宴会をしている一群の一人のオッサンから、
「兄弟なんでしょ?あんまり似てないよねえ」
と声をかけられる。こっちは忙しいのよ。
「いや、パーツを見れば似てるはずですよー」
と適当な答えを返しながら崖を降りる。まったく急いでんだっつーの。
後ろの宴会の一群から、へえーそうなんだーという声が上がる。
やっと崖を降りきった!そして僕は急いで走り始めた。
全速力で走りながら、後ろの宴会が気になっている。
後ろで、こんな時間に出勤?いいよねえ、おかしいよねえ、という声が聞こえる。
そうそう、なんかオカシイよね。僕もそう思うんだ。
このルートはひょっとしたら遠回りなのかしら。
明治通りから駒沢通りきて恵比寿駅の方から来た方が近道だったのかな?
まあ今さらそんな事言っても始まらない。
目の前の駐車場の階段を利用してもう一回上に上らなきゃ。
あー、なんか後ろの宴会に参加して酒でも飲みたい気分。
駐車場の鉄階段を上って駐車場の最上階に出る出口にはオッサンがいて
娘とおぼしき小学生くらいの女の子と口論していた。
関西弁だけど、ちょっと中国地方っぽいなまりが感じられる。
そうだよね、恵比寿までくれば、ちょっと広島の影響受けるよねー。
中国地方っぽいなまりになるはずだ。
岡山のじいちゃんの話し方に似ていて懐かしい。
駐車場の階段を上って一度屋上に出て、駐車場を出るためにまた階段を下る。
なんかもうめんどくさいよ。現場はどこだっけ。
階段を下る途中で、駐車場のスタッフが車の修理の宣伝のためなのか、車修理のデモをしていた。
後ろで「あーあー、このパイプがずれただけですよー」とわざとらしい声が聞こえる。
「ダメだよ、浅瀬でそんなにスピードだしたら!」
なんかツッコむのもめんどくさいなあ・・・
走るのももう疲れたやー
と思ったところで目が覚めた。
時間は12時半。
あまり良くない目覚めに、まぶしい太陽の光が癒しになりました。